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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(う)49号 判決

控訴人 被告人 佐藤正義 外四名

弁護人 堀江喜熊

検察官 須賀武雄

主文

原判決中被告人等に対する部分を破棄する。

被告人佐藤正義を懲役壱年六月及び罰金千円に処する。

但し此の判決確定の日より参年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人佐藤に於て右罰金を完納することが出来ないときは、金弐百円を壱日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人佐藤正義に対する関係に於て、押収に係る証第三号特配購入票三枚はこれを没収する。

原審訴訟費用中証人山田巖、同新谷正一、同西川章、同沢田勲、同田中稲生に支給した分は、被告人佐藤と、原審相被告人昇との連帯に依る負担とし、証人五十嵐清、同坂川辰雄、同村田六十五、同水上博、同荒木善兵衛、同山原栄二郎に支給した分は、被告人佐藤と、原審相被告人松田、同深見との連帯による負担とし、証人大西全吉(二回)に支給した分はその四分の一を被告人佐藤の負担とする。

被告人佐藤に対する本件公訴事実中別紙記載の部分(原判示第五並に第六の所為)につき被告人佐藤は無罪。被告人五十嵐五郎右衛門、同井藤憲太郎、同斎藤薫、同大島房英はいずれも無罪。

理由

弁護人堀江喜熊の控訴趣意は、昭和二十九年三月二十四日付控訴趣意書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。

記録に依れば、原判決は、判示第五に於て(一)被告人佐藤正義(株式会社佐藤組の代表取締役)が原審相被告人江岸勇(同社常務取締役)と共謀し、昭和二十三年十二月中旬頃福井県坂井郡芦原町べにや旅館に於て、右佐藤組が震害復旧工事を請負うことにつき、有利な取扱を受けたいとの趣旨で、被告人井藤憲太郎(当時福井県坂井郡木部村農業協同組合長)及び被告人斎藤薫(当時同農業協同組合理事)の両名に対し、被告人大島房英(被告人佐藤の遠縁の者)を介し、現金五万円宛をそれぞれ交付し、以て被告人井藤及び被告人斎藤の農業協同組合役員としての職務に関し賄賂を供与した事実、(二)被告人井藤及び斎藤が、その情を知りながら、前記の如く被告人佐藤及び原審相被告人江岸から、被告人大島を介して現金を受領し、以て農業協同組合長又は理事たる自己の職務に関し賄賂を収受した事実、(三)被告人大島が、その情を知りながら、被告人佐藤及び原審相被告人江岸の依頼に応じ、被告人井藤及び同斎藤に対し、前記の如く現金を手交し、以て被告人佐藤及び原審相被告人江岸の叙上贈賄を容易ならしめてこれを幇助した事実、(四)被告人佐藤が原審相被告人江岸と共謀し、前同日頃被告人五十嵐五郎右衛門(当時福井県坂井郡木部村長)の肩書居宅に於て、前同旨の下に、同被告人に対し、被告人大島房英を介し現金弐万円を交付し、以て被告人五十嵐五郎右衛門の公務員たる其の職務に関し賄賂を供与した事実、(五)被告人大島が、その情を知りながら、被告人佐藤及び原審相被告人江岸の依頼に応じ、被告人五十嵐に対し前記の如く現金を供与し、以て被告人佐藤及び原審相被告人江岸の前示贈賄を要易ならしめて、これを幇助した事実、(六)被告人五十嵐が、その情を知りながら、前記の如く被告人佐藤及び原審相被告人江岸から、被告人大島を介して現金を受領し、以て公務員たる自己の職務に関し賄賂を収受した事実、(七)被告人佐藤が原審相被告人江岸と共謀の上、昭和二十三年十二月末頃、被告人大島の肩書居宅に於て、株式会社佐藤組が震害復旧工事を請負うことになつたにつき、その謝礼並に同工事の施行上便宜な取扱を受けたいとの趣旨で、被告人大島を介し、被告人五十嵐、同井藤、同斎藤の三名に対し、現金拾万円宛をそれぞれ交付し、もつてこれ等の者の公務員又は農業協同組合役員たる職務に関し賄賂を供与した事実、(八)被告人五十嵐、同井藤、同斎藤の三名が、その情を知りながら、前記の如く被告人佐藤及び原審相被告人江岸から、被告人大島を介して現金を受領し、以て公務員又は農業協同組合役員たる自己の職務に関し賄賂を収受した事実、(九)被告人大島が、その情を知りながら、被告人佐藤及び原審相被告人江岸の依頼に応じ、被告人五十嵐、同井藤、同斎藤の三名に対し、前記の如く現金を手交し、以て被告人佐藤及び原審相被告人江岸の叙上贈賄を容易ならしめてこれを幇助した事実を各認定し、判示第六に於て(一)被告人佐藤が原審相被告人江岸と共謀し、昭和二十四年六月頃、被告人斎藤(当時福井県坂井郡木部村農業協同組合長)の肩書居宅に於て、前記震害復旧工事について、世話になつたことに対する謝礼の趣旨で、被告人斎藤の母さきの手を経て、被告人斎藤に対し現金五万円を交付し、もつて同人の農業協同組合役員たる職務に関し賄賂を供与した事実、(二)被告人斎藤が、その情を知りながら、前記の如く被告人佐藤及び原審相被告人江岸から、母さきの手を経て現金を受領し、もつて農業協同組合役員たる自己の職務に関し賄賂を収受した事実を各認定し、これ等の所為に対し、贈収賄に関する刑法各本条の規定、経済関係罰則の整備に関する法律の規定等を適用し、被告人等を、原判決主文掲記の如く、それぞれ処罰していることを認め得る。よつて、その当否如何を案ずるに、(1) 押収に係る証第八号乃至第十三号各工事契約書、証第二十二号出来形調書七通、証第二十三号資金貸付伺書及び添付の附属書類証第二十四号、証第二十五号、証第二十七号、証第二十八号各領収書綴合計四冊の各存在並に該記載、(2) 農林中央金庫金沢支部発木部村農業協同組合宛融資決定通知書謄本の記載(記録第九二六丁)(3) 公共事業証明書謄本三通の記載(記録第九二八丁乃至第九三〇丁)原審第六回公判調書中(4) 証人高橋一郎、(5) 同常広健、(6) 同塚谷二夫、(7) 同常広佐太夫、(8) 同吉岡秀政の各供述記載、原審第七回公判調書中(9) 証人五十嵐正行、(10)同小島五助、(11)同古川俊良の各供述記載、(12)証人坪七郎兵衛に対する原審受命判事の証人尋問調書の記載、原審第八回公判調書中(13)証人五十嵐巖の供述記載、原審第九回公判調書中(14)証人小林庄之祐の供述記載、原審第十回公判調書中(15)証人林定、(16)同高崎一郎、(17)同鳥山佐次馬、(18)同福田重雄、(19)同吉野武夫、(20)同不破四郎、(21)同中田芳三の各供述記載、原審第十一回公判調書中(22)証人掛巣雅次郎、(23)同福田茂範、(24)同吉岡秀政の各供述記載、(25)証人守井峰則に対する原審証人尋問調書の記載、当審受命判事の(26)証人田島俊雄、(27)同鈴木与作、(28)同小林庄之祐、(29)同高崎一郎、(30)同北島制、(31)同藤井嘉右衛門、(32)同藤田彌左衛門に対する各証人尋問調書の記載、(33)証人坪田仁兵衛、(34)同守井峰則、(35)同田尾正、(36)同田中重兵衛、(37)同高崎一郎、(38)同高島嘉蔵、(39)同北岡武左衛門、(40)同白崎四郎右衛門に対する当審各証人尋問調書の記載を綜合すれば、木部村震害復旧工事の註文者、すなわち、工事遂行の主体として、株式会社佐藤組に対する請負契約の当事者となつた者は、木部村災害復旧委員会なる名称を附せられ、木部村民多数をその構成員とする、法人格を有しない団体であつて、木部村、同村農業協同組合、若しくは木部村長を管理者とする同村内の各水利組合等の諸団体は、いずれも該工事の註文者でなく、従つて、言う迄もなく工事遂行の主体として、契約締結の当事者となつたものでなく、また、これ等団体の二個以上が、共同して斯る契約上の地位を占めたものでもなかつたことを認定するに足る。以上、斯の如き認定に到達した所以のものを分説するに、(第一)先づ木部村災害復旧委員会なる団体の成立するに至つた経緯を、前顕資料中(4) (16)(29)(37)(5) (7) (8) (12)の各資料によつて検討すれば(一)昭和二十三年六月二十八日発生した震災に依り、福井県坂井郡木部村に於ては、家屋、橋梁、堤防、道路、耕地、用排水路等に多大の損害を蒙つたこと、(二)当時、被告人五十嵐五郎右衛門は木部村長、被告人井藤憲太郎は同村農業協同組合長、被告人斎藤薫は同組合理事であつたこと、(三)被告人五十嵐は震災発生の翌日、急遽木部村議会を招集し、席上災害の対策を協議した結果、此の際木部村の採るべき対策としては、学校校舎の再建、橋梁、道路の修繕に全力を傾注すべく、耕地、水路の復旧工事の如きは、農協其の他木部村以外の団体に、これを委ねるべきであるとの意見が多数を制したこと、(四)然るに被告人井藤及び被告人斎藤等農協側関係者の意見は耕地、水路の復旧工事もまた、学校再建等の工事に劣らず多額の経費を要する大規模な事業であり農業協同組合一個の力を以てしては、これを完遂することが至難であると言うに在つて容易に村側の意見と同調するに至らなかつたこと、(五)偶々昭和二十三年十月頃福井県坂井地方事務所の斡旋に依り福井県坂井郡災害復旧促進協議会なる名称の下に、坂井郡町村会長を会長とし福井県農業協同組合連合会坂井支所長を副会長とし、郡下三十数個町村長及び農業協同組合長を評議員とし、震害の復旧に関する諸般の事務につき、側面より協力、援助を与えることを目的とする団体が組織されたこと、(六)前記協議会の成立に暗示を受けた結果、木部村に於ても、昭和二十三年十二月頃木部村災害復旧委員会なる団体を結成し、該団体をして耕地、用排水路の復旧工事を為さしめることに衆議一決し、各部落(区)ごとに委員一名宛合計十六名の委員を選出し、選出された委員の互選に依り、委員長、副委員長を定めたこと、(七)互選の結果、村長である被告人五十嵐が委員長に、農業協同組合長である被告人井藤が副委員長に当選したこと、(八)村長及び農業協同組合長が委員長、副委員長に当選したのは、坂井郡災害復旧促進協議会の例に暗示された結果とも言い得べく、また、衆望の一致するところ、自然斯る結果に落付いたものであつて、必ずしも木部村災害復旧委員会の委員長、副委員長は、木部村長及び木部村農業協同組合長をもつて、これに充つべきものと定めた訳でなかつたこと、(これをその後の実績に徴するに、昭和二十四年二月被告人井藤憲太郎が木部村農業協同組合長を辞職し、被告人斎藤薫がこれに代つた際、被告人井藤は副委員長を辞任して一委員となり、代つて被告人斎藤が副委員長に就任している事実があると思えば、他方、同年四月被告人五十嵐が木部村長を辞職し、久光某が村長と為り、数個月にして同人も辞職し、さらに代つて八十島某が村長と為つた際の如きは、これ等久光、八十島等は、いずれも前記委員会の委員にも選任されず、従つて、勿論委員長となることもなかつたものであつて、従つてこれ等の実例より推論するも、叙上委員会の正副委員長の席は、必ずしも木部村長、同村農業協同組合長たる者の、当然就任すべき地位として予定せられて居たものでないことを看取するに足る。)(九)同委員会の事務は、日を逐うて増加したので、昭和二十四年三月頃同村農業協同組合の建物の一室を借受け、同委員会の事務所を設置し、建物出入口に会名を記した看板を掲げ専任の事務員高崎某を雇入れて事務を執らしめるに至つたこと、(十)斯る委員会の設置は、もとより法令の根拠に基くものでなく、村内各部落に居住するところの、工事による受益者中より選任された、代表者達の集会に外ならなかつたこと等の諸事実を認め得べく、以上に依れば、木部村災害復旧委員会とは、木部村民多数を構成員とする法人格を有しない団体であり、木部村内に於ける用排水路、耕地等の復旧を目的として組織されたものであると言わなければならぬ。(第二)そこで、前記木部村災害復旧委員会は、木部村内の用排水路、耕地に関する災害の復旧について、如何なる行為を如何なる方法で為したかを検討するに、前顕(1) (2) (3) (4) (16)(29)(37)(9) (10)(11)(12)(13)(14)(17)(18)(19)(21)(22)(24)(25)(34)の各資料を綜合すれば、(一)同委員会は、(1) 委員提出の復旧工事案に基き、復旧工事施工の必要の有無、施行の順序を定めた上、福井県指導農業協同組合連合会開拓課其の他に委嘱して現地の調査、測量を為さしめ(2) 次で前記連合会等又は福井県に依頼して、各工事につき、その設計書に基いて工事費を算出して貰い、(4) 請負人を選定した上、設計書に基いて該請負人との間に工事請負契約を締結し、(5) 工事の監督を行い(工事全汎につき、その監督を実際に行つた者は、専任事務員の高橋某であり、その外、個々の工事については、受益部落を代表する委員若しくは其の代理人が、これを監督した。)(6) 工事の出来形(出来高)を調査の上、農業協同組合よりの借入金によつて、請負人に出来形に応じた工事費を支払い、(7) 地方事務所を経由して、福井県に補助金下附の申請をし、(8) 県側の検査が済み、補助金の交付を受けると、これを借入金の弁済に充当し、(9) 全工程完了後、請負人との間に清算を遂げる等、工事施工の主体すなわち、請負契約に於ける註文者の立場に於て、工事の施工に関する一切の事務を処理したものであり、(二)福井県坂井郡災害復旧促進協議会の如く、災害の復旧を側面より援助することを目的とし、ただ其の目的範囲内に於てのみ一定の活動をしたものでなく、(三)災害復旧の工事の施行に関し、国庫よりの補助を受け、又は農林中央金庫より融資を受けるに当り、申請書其の他関係書類に農業協同組合長斎藤薫名義を用いたり、さらに土木業者と工事に関する契約を締結するに当り、水利組合管理者五十嵐五郎右衛門名義を用いたり(海ケ崎用水路復旧工事)肩書は記してないが当時村長であつた五十嵐五郎右衛門の名義を用いたり(池見第一、第二排水路各復旧工事)農業協同組合長斎藤薫名義を用いたり(池見区耕地復旧工事)しているけれども、これ等はいずれも、補助又は融資を受ける手続上、便宜の措置に過ぎず、もとより木部村、木部村農業協同組合、海ケ崎普通水利組合などの諸団体の意思機関は、前記の工事について何等の決議をしたこともなく、工事に関するすべてを叙上木部村災害復旧委員会にゆだね、敢て干渉することがなかつたこと、木部村農業協同組合は工事施行の主体でないにも拘らず、恰も自己が工事施行の主体であるが如く記載した書類を関係当局に提出して農林中央金庫より融資を受け、該金員を木部村災害復旧委員会に貸付け、同委員会より元本並に利子の返済を受け、これによつて農林中央金庫に対する債務を償却したものであつたことを認め得べく以上の事実を綜合すれば、木部村災害復旧委員会は、木部村内に於ける用排水路、耕地に関する復旧工事の主体たる地位に於て、工事の実施に関する対内、対外一切の事務を自ら処理したものであつて、村水利組合又は農協の特別会計事業等として工事を施行したものでなかつたと見るのが相当であると考えられる。前記第一、第二の各観察より、冒頭に記載した木部村災害復旧工事の主体及び其の性格に関する認定が導き出される次第である。次に(41)江岸勇、(42)被告人佐藤正義、(43)同五十嵐五郎右衛門、(44)同井藤憲太郎、(45)同斎藤薫、(46)同大島房英に対する検察官作成各供述調書の記載を綜合すれば、(一)被告人佐藤正義は土木建築を業とする株式会社佐藤組の代表取締役であり、木部村内に災害復旧の土木事業が施行されようとしていることを聞き、同会社常務取締役江岸勇と協議の上、佐藤組に於て右災害復旧工事を請負い度く、これに関して有利な取扱を受けたい趣旨で、工事関係者に金員を贈与しようと企て、(1) 昭和二十三年十二月中旬頃福井県坂井郡芦原町べにや旅館に於て、予て情を打明けておいた被告人大島房英の手を介し、被告人井藤憲太郎及び同斎藤薫に対し金五万円宛をそれぞれ交付し、被告人井藤及び同斎藤はその情を知りながらこれを受領したこと、(2) 前同日頃被告人五十嵐五郎右衛門の肩書居宅に於て、前同様その情を知る被告人大島房英の手を介し、被告人五十嵐五郎右衛門に対し金二万円を交付し、被告人五十嵐はその情を知りながらこれを受領したこと、(二)被告人佐藤は江岸と協議の上、株式会社佐藤組に於て、叙上災害復旧工事を請負うことになつたに就て、これに対する感謝の趣旨並に将来工事の施行に関し、便宜な取扱を受け度く、其の報酬たる趣旨をもつて、工事関係者に金員を贈与しようと企て、同月末頃被告人大島房英の肩書居宅に於て、その情を知る被告人大島の手を介し、被告人五十嵐、同井藤、同斎藤に対し、それぞれ現金十万円宛を交付し、被告人五十嵐、同井藤、同斎藤はその情を知りながらこれを受領したこと、(三)被告人佐藤は江岸と協議の上、工事の施行に関し、何かと世話になつたことに対する謝礼の趣旨で工事関係者に金員を贈与しようと企て、昭和二十四年六月頃被告人斎藤薫の肩書居宅に於て、同人に対し金五万円を交付し被告人斎藤はその情を知りながら、これを収受したことをそれぞれ認定するに足るところ、しかるに、被告人五十嵐は本件災害発生当時より昭和二十四年四月迄木部村長、被告人井藤憲太郎は災害当時より昭和二十四年二月迄同村農業協同組合長、被告人斎藤は当初同農業協同組合理事、井藤辞職後農業協同組合長たる地位にあつた者であることは既に認定したところにより明白であるから、被告人佐藤の金員交付、被告人五十嵐、同井藤、同斎藤の各金員受領、被告人大島の右仲介の各所為は、被告人五十嵐、同井藤、同斎藤の前記職務に関するものでないかとの疑問が当然此処に生じて来る。そこでその如何をさらに審究するのであるが、前顕被告人佐藤正義の供述に徴すれば、(一)贈与者側の意思は、既に認定した事実よりも推知し得るが如く、工事を請負わせて貰い度く、又は将来工事に関し世話になるから、若しくは是迄世話になつたから、其の報酬として工事関係者に金員を贈ると言う単純なものであつて、それ以上の何者でもなかつたことが明かである。(二)勿論被告人五十嵐が村長であり、被告人井藤、同斎藤等が農協役員であることは、被告人佐藤に於ても、これを承知して居ない筈はない。しかしながら、被告人佐藤が被告人五十嵐等に金員を贈与したのは、彼等が村長であり又は農協役員であつたからでなく、彼等が昭和二十三年十二月頃既に成立していた木部村災害復旧委員会の役員であつたからであることは、前記(一)の認定より優にこれを推認することが出来る。(三)農業協同組合法は公法人でない。しかしながら金融緊急措置令第八条所定の金融機関として、経済関係罰則の整備に関する法律別表乙号第二十四条に依り、農業協同組合の役職員がその職務に関し賄賂を収受、要求、又は約束した場合には一定の刑罰を受ける。木部村災害復旧委員会が木部村農業協同組合の責任において、農林中央金庫から融資を受け国庫より支出される補助金をもつて、その返済に充てていたことは既に説示した通りであるが、しからば、農協役員たりし被告人井藤、同斎藤等が、工事に関し前叙の如き趣旨で業者より金員を受領することは、農協役員たる自己の職務に関し賄賂を収受することにならないかと言うに、本件の場合、これを積極に決することは至難である。蓋し贈与者は、農協より金融を受け度いとか、その他その金融業務に関する請託の趣旨で金員を贈与したものでないのみならず、農協役職員は、農協よりの融資が、所期の事業に使用された後、国庫の補助等により、一定の金利を附加して確実に返済されるよう、債務者を監視する義務を、或は負担して居るかも知れないけれども、たとえ債務者と工事請負人との間にどのような贈答が為されようと、それが元利金の返済に影響を与えるものでない限り、これに干渉すべき何等の職権職務を有するものでないからである。(四)木部村長が、例えば海ケ崎用水組合の如き、同村内に所在し、他村の管轄にまたがらない水利組合につき、これが管理者たる地位を占めて居たことは、前出(1) (27)(31)(32)(33)(36)(38)等の資料に依り明かであるが、しからば木部村長たりし五十嵐が前叙のような趣旨で、業者より金員を収受することは、公務員たる自己の職務に関し賄賂を収受することにならないかと言うに、本件の場合これを肯定することを得ないこと、農協役員の場合と同様である。蓋し木部村災害復旧工事は水利組合の施行に係る工事でなく、木部村災害復旧委員会が主体となつて行つた事業であるから、水利組合の管理者は、用水路が復旧するか否かにつき関心を持ち、若し工事の結果につき不備あるときは、工事施行者に抗議し、又は改めて自ら工事を施行する等の職務を持つているとしても、工事施行者と請負人との間に、如何なる贈答が行われようと、それが工事の結果に影響するものでない限り、これに干渉容喙すべき何等の権限を持つていないと解すべきであり、なお記録を精査するも、本件金員授受行為が、例えば、その結果不完全な工事を監督者が看過する等、工事の結果に影響を及ぼした事実を、毫も証拠上認め得ないからである。(五)さらに進んで、木部村長たりし五十嵐の金員収受は、地方自治法第百五十七条所定普通地方公共団体の長の指揮監督権に関し、賄賂を収受したことにならないかの点につき案ずるに、本件の場合これまた積極に解するを得ないと言わざるを得ない。その所以を説明すれば、地方自治法第百五十七条第一項は「普通地方公共団体の長は当該普通地方公共団体の区域内の公共的団体等の活動の綜合調整を図るため、これを指揮監督することが出来る。」旨定めているが、其の趣旨とするところは、例えば青年団、婦人会等、当該普通地方公共団体の区域内に所在し、存立の目的其の他に公共的な性質を持つたいくつかの団体が、互に相容れないような活動をした場合、普通地方公共団体の長、例えば村長は、これ等諸団体の活動の綜合調整を図るため、すなわち、綜合、調整の目的より逸脱しない限度内に於て、これ等諸団体に対し一定の指揮をなし又は監督をすることが出来ると言うにあり、本件の場合の如き、木部村災害復旧委員会なる一団体の内部的事務について迄、村長に対し指揮、監督権を附与したものでないこと、敢て縷説を俟たずして明かであるからである。(六)なお、前掲(27)の証拠に依れば、本件海ケ崎其の他の用水路敷地は、元国有であつたところ、大正十二年頃関係各区に払下げられたものであつて、木部村有でないことを認め得るから、地方自治法第二条第三項第二号第百四十九条による村長の管理権もこれに及ばないと言わねばならぬ。その他記録を検討しても、右公訴事実を肯定せしめるに足る資料を発見することが出来ないから、本件における被告人佐藤の被告人五十嵐、井藤、斎藤に対する金員贈与、被告人大島の仲介、被告人五十嵐、井藤、斎藤の金員収受は、公務員たる被告人五十嵐、農協役員たる被告人井藤、斎藤の職務に関し為されたものと認定することが出来ない次第であつて、原審認定第五、第六に相当する公訴事実については、その証明がないと断ずるの外なく、これと認定を異にする原判決には、その限度に於て事実の誤認があると結論せざるを得ない。右の誤認は判決に影響するから、論旨は理由があり、原判決はこれを破棄すべきである。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り、原判決中被告人等に対する部分を破棄した上、同法第四百条但書に従い次の通り判決する。

被告人佐藤正義の所為に対する当審認定は、原判示第五、第六の事実を除き原審認定の通りであり、右認定の資料は原判示第五、第六の事実に対し援用されたものを除き原判決挙示の証拠と同一であるから此処にこれを引用する。

法律に照すに、被告人佐藤の判示所為中第一の賍物故買は刑法第二百五十六条第二項(犯罪後罰金等臨時措置法の施行により刑に変更を見たが刑法第六条第十条により軽い従前の刑による)第六十条に、第二の公文書偽造の点は各同法第百五十五条第一項第六十条に、偽造公文書行使の点は同法第百五十八条第一項第百五十五条第一項第六十条に、詐欺の点は各同法第二百四十六条第一項第六十条に、第三の一、第四の贈賄は同法第百九十八条第百九十七条第一項前段(犯罪後罰金等臨時措置法の施行により刑に変更を見たが刑法第六条第十条により軽い従前の例による)第六十条に各該当するところ公文書偽造、同行使、詐欺は其の間順次手段結果の関係があるから同法第五十四条第一項後段第十条により犯情の重い偽造公文書行使の罪の刑に従い、贈賄罪の所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条第十条により最も重い昭和二十四年一月二十日頃数量欄記入の数量七八六瓩とある分の偽造公文書行使罪の刑に法定の加重を為し、同法第四十八条第一項により賍物故買罪の罰金刑をこれに併科することとし、所定刑期及び罰金額の範囲内で被告人佐藤正義を懲役壱年六月及び罰金千円に処すべく、諸般の情状に鑑み同法第二十五条第一項を適用し此の裁判確定の日より参年間同被告人に対し右懲役刑の執行を猶予すべく、同被告人に於て右罰金を納完することが出来ないときは同法第十八条により金弐百円を壱日に換算した期間、同被告人を労役場に留置することとし、押収に係る証第三号特配購入券三枚は判示第二の公文書偽造の罪より生じたものであり、何人の所有をも許されないものであるから同法第十九条第一項第三号第二項によつて被告人佐藤に対しこれを没収すべく、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条を適用し主文掲記の如く被告人佐藤をしてその負担をなさしむべきものとする。

本件公訴事実中別紙〈省略〉記載の事実に対しては、論旨に対し既に判示したところによつて明かである如く、犯罪の証明がないから、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条により、被告人佐藤に対しては該部分につき無罪の言渡をなすべく、被告人五十嵐、同井藤、同斎藤に対しては各無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫 判事 岩崎善四郎)

弁護人堀江喜熊の控訴趣意

原審は判示理由第五に於て、当時、被告人佐藤正義は前記株式会社代表取締役、被告人江岸勇は同会社常務取締役であり、被告人五十嵐五郎右ヱ門は、福井県坂井郡木部村村長として、同村を代表して同村の用排水路の設置及び管理、並びに治山治水事業、耕地整理事業、土地改良事業の施行を管理する職務権限を有し、被告人井藤憲太郎は同村農業協同組合組合長として、同組合を代表して農地の造成改良、管理をなし農業水利施設の設置及び管理をなす職務権限を有し、被告人斎藤薫は、同組合理事として同組合の事務につき同組合を代表し、被告人井藤と同様の職務権限を有し、昭和二十三年十二月中旬頃、震害を蒙つた右木部村村民が、共同して同村海ケ崎用水路、及び池見第一、第二排水路の震害復旧工事を施行するに当り被告人五十嵐は、同村村長たる資格において同工事が同村のため適正に行われるべく同工事の請負事業を監督すべき職務を有し、被告人井藤、同斎藤は、ともに、同村農業協同組合を代表して、同工事に要する資金を同組合から融通し、該融資金が、融資の目的に照らして同工事のため有効に使われるべく同工事を監督すべき職務を有していたものであるが、一、被告人佐藤同江岸は共謀の上、昭和二十三年十二月中旬頃福井県坂井郡芦原町「べにや」旅館において、相被告人井藤、同斎藤から、右震害復旧工事を請負うことにつき、有利な取扱を受けんとする趣旨で、相被告人井藤及び同斎藤に対し、相被告人大島房英を介して現金五万円を夫々交付し、以つて相被告人井藤及び同斎藤の農業協同組合の役員としての職務に関し賄賂を供与し、二、被告人井藤及び同斎藤は、前同日頃、前記「べにや」旅館において、相被告人佐藤、同江岸が前掲第五、の一記載の趣旨の下に提供するものであることの情を知りながら、相被告人佐藤、同江岸から、相被告人大島房英を介して、現金五万円づつを夫々受け取り、以つてその農業協同組合の役員としての職務に関し賄賂を収受し、三、被告人大島房英は、前同日頃、前記「べにや」旅館において、相被告人佐藤、同江岸が前掲第五、の一記載の趣旨の下に賄賂を供与するものであることの情を知りながら、同佐藤、同江岸の依頼により、現金各五万円を、相被告人井藤及び同斎藤に夫々手渡し、以つて相被告人佐藤、同江岸の前記犯行を容易ならしめてこれを幇助し、四、被告人佐藤、同江岸は共謀の上、前同日頃、相被告人五十嵐の肩書自宅において、同被告人五十嵐から、前記震害復旧工事を請負うことにつき、有利な取扱を受けんとする趣旨で、同被告人に対し、相被告人大島房英を介して現金二万円を交付し、以つて相被告人五十嵐の公務員としての職務に関し賄賂を供与し、五、被告人大島房英は、前同日頃、前記相被告人五十嵐の自宅において、相被告人佐藤、同江岸が前掲第五、の四記載の趣旨の下に賄賂を供与するものであることの情を知りながら、同佐藤、同江岸の依頼により現金二万円を、相被告人五十嵐に手渡し、以つて相被告人佐藤、同江岸の前記犯行を容易ならしめてこれを幇助し、六、被告人五十嵐は、前同日頃、肩書自宅において、相被告人佐藤、同江岸が前掲第五、の四記載の趣旨の下に提供するものであることの情を知りながら、相被告人佐藤、同江岸から、相被告人大島房英を介して現金二万円を受け取り、以つてその公務員としての職務に関し賄賂を収受し、七、被告人佐藤、同江岸は、昭和二十三年十二月末頃、福井県坂井郡三国町末広八十五番地相被告人大島房英方で前記震害復旧工事を株式会社佐藤組が請負うことになつたことにつき、その謝礼並びに、同工事施行につき便宜な取扱を受けんとする趣旨で、相被告人五十嵐、同井藤、同斎藤に対し、夫々現金十万円を相被告人大島を介して交付し、以つて相被告人五十嵐に対してはその公務員としての職務に関し、相被告人井藤、及び同斎藤に対してはそれらの農業協同組合の役員としての職務に関し、夫々賄賂を供与し、八、被告人五十嵐、同井藤、同斎藤は、前同日頃、前記相被告人大島房英方で、相被告人佐藤、同江岸が前掲第五、の七記載の趣旨の下に提供するものであることの情を知りながら相被告人佐藤、同江岸から、相被告人大島房英を介して、現金十万円宛を夫々受け取り、以つて、被告人五十嵐はその公務員としての職務に関し、被告人井藤及び同斎藤はそれらの農業協同組合の役員としての職務に関し、夫々賄賂を収受し、九、被告人大島房英は、前同日頃、前記自宅において、相被告人佐藤、同江岸が前掲第五、の七記載の趣旨の下に賄賂を供与するものであることの情を知りながら、同佐藤、同江岸の依頼により、現金各十万円を相被告人五十嵐、同井藤、同斎藤に手渡し、以つて相被告人佐藤、同江岸の前掲第五、の七記載の犯行を容易ならしめてこれを幇助し、第六、に於て、当時被告人佐藤正義は、前記株式会社代表取締役、被告人江岸勇は、同会社常務取締役であり、又被告人斎藤薫は、福井県坂井郡木部村農業協同組合長として、同組合を代表して農地の造成、改良、管理をなし、農業水利施設の設置及び管理をなす職務権限を有し且つ昭和二十三年暮頃より右木部村村民の代表者によつて組織された震害復旧委員会がその工事現場の監督を担当し、同村農業協同組合がその資金の融通を担当して右委員会及び右組合が共同して施行してきた同村海ケ崎用水路及び池見第一、第二排水路の震害復旧工事、並びに昭和二十四年初頃より、前同様共同して施行してきた池見区震害復旧工事を、同組合を代表して監督する職務を有し、右株式会社は右各工事を請負いたるものであるが、一、被告人佐藤、同江岸は共謀の上、昭和二十四年六月頃、福井県坂井郡木部村池見二十七号十六番地相被告人斎藤薫居宅において、前記震害復旧請負工事につき、世話になつたことの謝礼の趣旨で、同被告人斎藤に対し、同被告人の母斎藤さきの手を経て、現金五万円を交付し、以つて同被告人の農業協同組合の役員としての職務に関し賄賂を供与し、一、被告人斎藤は、前同日頃、前記居宅において、相被告人佐藤、同江岸が前掲第六、の一記載の趣旨の下に提供するものであることの情を知りながら、相被告人佐藤、同江岸から被告人の母の手を経て、現金五万円を受け取り、以つてその農業協同組合の役員としての職務に関し賄賂を収受したものである。との事実を認定し被告人佐藤正義を懲役二年(別罪を含む)同五十嵐五郎右ヱ門同井藤憲太郎を各懲役八月、同斎藤薫を懲役十月同大島房英を懲役四月に各処し右刑の執行を各猶予する旨の判決をした。而し右は事実を誤認し或は法令の解釈を誤つたもので右は判決の結果に影響を及ぼすものであるから到底破毀を免れないと信ずる。左に其の論点に明にする。

第一点(一) 福井県坂井郡木部村の昭和二十三年六月二十八日福井地震による用排水路の震災復旧工事の工事主体は木部村各部落の代表委員に依つて当時結成せられた木部村災害復旧委員会であつて木部村自体ではない。(二) 木部村の震害による農地の造成、改良、水利施設の設置等の災害復旧工事の工事主体は前記災害復旧委員会であつて木部村農業協同組合自体ではない。(三) 右(一)(二)の復旧工事資金は木部村農業協同組合が工事主体として支出したものではなく前記災害復旧委員会が右組合及び法人格を有しない関係上便宜右組合の名義を以て農林中央金庫より借受けたものである。(四) 被告人五十嵐五郎右ヱ門に対する判示第五の四の事実は無根である。

一、木部村の災害復旧工事主体 木部村の用排水路の災害復旧工事主体は災害復旧委員会であつて木部村が工事主体として施行したものではない。(一) 右委員会の目的、事業、組織、役員、工事の施行の形態順位の決定、工事施行の具体的方法、及工事の監督。(二) 復旧工事費の負担、単価の決定方法及国庫補助金と地元負担金との関係。(三) 農林中央金庫、福井県信用農業協同組合連合会、農業協同組合等の資金融通規則及木部村災害復旧委員会に対する融資の便宜的処置の態様。右(一)(二)(三)の事実を検討する時は右工事の主体は木部村災害復旧委員会であつて木部村自体でないことが分明する。右事実に対する証拠として、(1) 原審に於て弁護人が提出した木部村災害復旧委員会記録、(2) 右同(証第二三号)昭和二十四年二月二十八日起案同年三月一日発送の農林中央金庫に対する福井県坂井郡木部村農業協同組合貸付伺の書証中、一、融資対象事業の内容の部に木部村災害復旧委員会を組織し工事に着手し現在二〇%進渉せる旨の記載及一、農業漁業復興資金年賦借入申込書の工事施行概要の部の上欄に木部村耕地復旧委員会なる名称の記載ある部分各参照、(3) 右同(証十八号証十九号の一、二、三)昭和二十六年五月七日付木部村役場より福井地方裁判所裁判官宛書類取寄に関する件回答書及同年六月四日木部村農業協同組合より福井地方裁判所裁判長宛書面及附属書類並同組合の提出にかかる会議録、(4) 第六回公判調書中(証人高崎一郎、同常広健、同塚谷二夫、同常広佐太夫、同吉岡秀次の各供述部分)、(5) 第七回公判調書中(証人五十嵐正行、同小島五助、同古川俊良の各供述部分)、(6) 昭和二十六年十月十三日木部村役場に於ける証拠調調書中(証人坪七郎兵衛及被告人五十嵐五郎右ヱ門の供述部分)、(7) 第九回公判調書中(証人小林庄之祐、被告人井藤憲太郎、同斎藤薫の供述部分)、(8) 第十回公判調書中(証人林定の弁護人の補充訊問に対する供述部分、証人高崎一郎、同鳥山佐次馬、同福田重雄、同吉村武夫、同不破四郎、同中田芳三の各供述部分)、(9) 第十一回公判調書中(証人掛巣雅次郎、証人福田茂範、同吉岡秀次、被告人五十嵐五郎右ヱ門、証人安井峰則の各供述部分)を各茲に援用する。特に証人高崎一郎の一、二回及び証人安井峰則の供述部分は右論点を明にしている。被告人五十嵐五郎右ヱ門は当時木部村長であり且つ各水利組合の管理者であつたことに相違ない。然し用排水路の災害復旧工事と謂う大工事を木部村又は各水利組合とが主体となつて施行せんとすれば其の事業の態様、方法、予算、融資等に付村長として村議会の決議を経又は管理者として組合議会の決議を必要とすることは理の当然でこの議決無くして村長として又管理者として当然に該工事を執行し得るものではない。而し本件に於てはかかる事実は寸毫もない。只村長が村長として又水利組合の管理者が管理者としての行政的道義心より工事の進行に協力奔走したとか或は政治的勢力に依り右復旧工事の執行に付事実上の勢力を持つていたとか単にその事に対し何等かの発言権があつたと言う様な事だけでは未だ以て法令上の職務に関係があるとは言い得ない。職務関係はその様な普遍的な現象に著眼した素撲な観念論で漫然ルーズに解釈することは到底許されないことである。参考判例及学説、大審院は「府会議員が府当局に対し府参事会に於て議決せらるべき議案の提出を慫慂し、若は其の通過成立を図る為府参事会員を勧誘説得する行為は、府会議員の職務に関せざるものとす」(昭和十二年三月二十六日大判)として無罪の判決を為し直接職務行為で無い場合は罪とならない旨判示し、単に其の職務と地位的若しくは勢力的関係を有するに過ぎない行為は之を罪しない趣旨を明にしている。判例は「職務に密接なる関係ある行為」と言う茫漠たる表現を用ひるから実際問題として解釈認定の甚だしく困難なる場合に遭遇することは告人の日常経験する所である罪刑法定主義の刑法の原則としては概念は飽く迄厳格に解釈せらるべきである。元来「職務に密接なる関係ある行為」とは何を標準として言うものであるか大審院判例の言う「密接なる関係」とは何であるか。大審院はこの点につき何事も判示していない。この点に関する各個の判断を綜合してもそこに一貫した標準を発見することは出来ない。美濃部博士は法学協会雑誌第五五巻第十二号に於て等しくこの事を主張しておられる。京大教授滝川博士は職務に密接の関係ある行為と謂い得る為には其の基礎たる職務行為が法令に基くものであることを要する。職務行為につき法令の根拠なき所に職務に密接の関係ある行為はあり得ないと述べておられる(同氏刑事法判決批評第二巻二一二頁)即ち職務も職務に密接なる関係ある行為も共に法令上の根拠を必要とする事を主張しておられる。故にその主観的要件に於て其の金銭乃至利益を収受した者が法令上の公務員であることが疑がなくともその客観的要件である授受、交付乃至収受の目的動機が果して法令上の職務を目標として居るか否かを厳密に再検討しなければならない。何かそう言う事に事実上の勢力を持つているとか、或は行政的道義心から単にそういう事に関係したとか乃至は何等かの形の発言権があつたと言う様なことだけでは未だ以て法令上の職務と言う訳には行かない。犯罪統計の上から涜職罪の多き事文明国として我国の如きは少ない。之れ我国官公吏が諸外国に比して廉恥心が劣つて居ると見ることも出来るが一面よりすれば、法律の解釈が余りにも杓子定規に過ぎると言うことも事実である。その一つとして公務員という概念を取扱う時深甚の御注意を必要とする涜職罪は成る程「公務員ソノ職務ニ関シ云々」と言うことになつているがしかし公務員にはピンからキリ迄ある。然るに苟くも名前だけ公務員であれば、之を一律一体に取扱う気分があるのである。所が実際を見ると官公吏と単に法令に依り公務に従事する者との間には、その公務員としての資格、権限平たく言うと「公務員らしさ」の上に於て之等の者の間には著しい差異がある。殊に官公吏に於ても裁判官の如く重大なる権力、国民に対し殆んど死活の権を握られる官吏、其の行動が悉く国家権力の行使に属して居ります所の官吏、所謂裁判官は官吏らしさの最高位に在る。所が鉄道の官吏、或は通信の官吏、専売の官吏などと、官吏とは申しながら運送屋の親方のやうな官吏もある。その取扱う所の事務は概ね私法的関係、平等関係であつて、其の行動が国家権力の発動には属して居らないものが職務の大部分を占めて居る官吏もある。更に下つて自治団体の公務員になると公務員らしさの程度は甚だ底下して来る。殊に所謂法令に依り公務に従事する者に至つては千差万別であると同時に、益々その公務員らしさの程度が稀薄になるのである換言せば抽象的職務関係の明白を欠いている。裁判官、知事と言う様なその行為の大部分が国家権力の行使である場合は、その職務を解すること粗雑であつても誤に陥ることは少ない。しかし「公務員らしさ」の薄い、私的立場が甚だ多く混淆する地位職務に在る被告人五十嵐五郎右ヱ門の如き場合には、余程その立場の認識を厳密にしないと屡々誤を犯すのである。殊にその職務行為の認識については厳格に法令上の根拠を求めなければ、所謂抽象的職務関係の観念に累せられ飛んでもない誤を犯すのである被告人五十嵐五郎右ヱ門の如き公務員に在つては断じて抽象的職務関係論を持ち出す余地はないと考える。そうでなければ安全に生きて行くことすら不可能である。右等の観点より当時木部村長であつた被告人五十嵐五郎右ヱ門は災害復旧工事に付仮りに行政的道義に基き奔走し乃至村長としての発言権を持つていたとしても法律上災害復旧工事の施行に付其の職務を有せず又何等法令上の根拠ある職務関係を有していたものではない換言せば公務としての右工事に何等の関係はない。只工事主体である災害復旧委員会の事業施行に付其の村内に於ける財産的、経歴的地位に伴い個人の資格に於て委員長として関係したに過ぎない又村長としての政治的道義心より奔走発言したことに止まる。(安井峰則証言参照)蓋し災害復旧委員会は公務を執行するものでないから被告人五十嵐五郎右ヱ門は何等罪責を負荷すべきでない。

二、然らば木部村農業協同組合は如何。木部村の震害に依る農地の造成、改良、水利施設の設置等の復旧工事は木部村農業協同組合が工事主体として施行した事実はない。農業協同組合法第二章第十条の五に依れば組合は災害復旧工事の主体として事業の執行が出来得る様に一応見受けられるが之は当然に組合長若しくは其の他の理事に於て出来得るものではなく第四四条に依り総会の決議を経なければならない。而し右組合は総会に於て前記災害復旧工事を施行するに付其の工事の形態乃至予算等を決議した事実はないから災害復旧工事には事実上の関係は兎も角法律上何等の関係を有せざりしものと断定出来る。故に当時右組合の組合長であり理事であつた被告人井藤憲太郎同斎藤薫は右災害復旧工事に付法律に所謂職務関係は全然無かつたものであると断定し得る。蓋し右両被告人が右組合の組合長若しくは理事という地位から来る政治的的或は行政的発言力換言せば其の地位に伴う農業生産力の増進或は農民の経済的社会的地位向上の推進力として事実上の勢力を持つていたとか或は木部村内に於ける両被告人の有する財産的経歴的地位より当然に期待せられる道義観念より右工事の施行に関与したと言う様なことだけでは未だ以て法令上の職務に関係があるとは言い得ない。(一) 其の職務関係論は一、に於て述べた所と其の論旨同一であるから茲に之を引用する。(二) 以上証拠として前項一、の(1) 乃至(9) の証拠全部を援用する。

三、原判決摘示の第五の事実に対する各証拠として原審が援用した各書証(震災復旧耕地事業補助要綱案、各工事契約書、工事出来形調書、事業資金貸付伺書、各領収証、其他)に依れば右等は何れも木部村農業協同組合なる名称を用い恰も災害復旧工事の施行主体が農業協同組合であるかの如き外観を呈しているが災害復旧委員会は木部村各部落の代表委員を以て独立の工事主体として組織せられた団体であるけれ共法人格を有しない関係上独立して資金の融通を受け或は融資の適格対象となり得る資格が無かつたので便宜農業協同組合の名に於て資金の融通を受けたもので其の一切を右組合名義を以て処理したことに原因するもので飽く迄工事主体は災害復旧委員会が独立して之を実施したことに相違ない。(一) 以上の事実は前項一、の(1) 乃至(9) に於て援用した各証拠に依り明であるから茲に之を引用する。

四、原判決は第五、事実の四、五、六に摘示する如く被告人五十嵐五郎右ヱ門は昭和二十三年十二月中旬頃自宅に於て被告人大島房英を介し現金弐万円を職務に関し収受したと認定しているが此の点は被告人五十嵐五郎右ヱ門に於て警察検事の取調より原審公判を通じ一貫して否認している所である。単に之が証拠となるものは相被告人大島房英の供述あるのみである。右同日頃芦原温泉べにや旅館に参会したものは被告人井藤憲太郎、同斎藤薫、同五十嵐五郎右ヱ門と贈賄者と目さるる被告人佐藤正義、同江岸勇及仲介人である被告人大島房英の六名であるが佐藤、江岸は先づ帰宅し次いで翌早朝被告人五十嵐は所用の為他の三人より一足先に帰宅したのであるが大島は佐藤よりの預り金十二万円中各五万円宛を井藤、斎藤に交付し更に其の残金二万円を菓子箱と共に先に帰宅した五十嵐の自宅に持参の上同人に手渡したと言うのであるが(大島房英の昭和二十五年五月十五日検察官に対する供述)大島が供述する如く佐藤より預つた金が十二万円とするならば何等特別の事由なくして井藤、斎藤に各五万円を交付しながら独り五十嵐に対しては二万円のみを交付したと言うことは解し得ない所がある。かかる差等をつける何等の理由が明にされていない同人等間の従来の経緯に鑑み恐らく平等に分割して交付すべきであつたと考える。またそうすることが理に叶ふ。僅の金員の授受を極力否認する五十嵐の心情は絶対受領しないと言う同人の弁解を信憑して誤り無きものと思料する。

以上一、二、三、四に於て述べた所は何れも原審が事相の実体を究明せず其の外観にとらわれ事実を誤認したもので之は判決の結果に影響を及ぼすものであるから此の点に於て先づ破毀せらるべきであると考える。

第二点木部村農業協同組合が災害復旧工事主体であつたと仮定しても組合長であつた被告人井藤憲太郎、同理事であつた斎藤薫は経済関係罰則整備に関する法律(以下整備法律と謂う)違反に問擬せらるる法令上の根拠はない。

一、右整備法律第二条別表乙号には農業協同組合の例示無く更に二十二号には市町村農業会とあり右農業会を農業協同組合と読替える経過規定もないから農業協同組合が農業会に該当しないことも当然である。蓋し市町村農業会は戦時統制を目的とした国家総動員法に原因する農業団体法に依り設立せられたもので其の目的は農林経済の統制を目的とした立法であり農業協同組合は農業生産力農民の経済的社会的地位の向上発達等平和産業の助長を目的とした立法であるから立法の趣旨は統制(前者)と自由(後者)の格段の差があるのである。従つて農業協同組合には右整備法律の適用余地はないと帰納し得る。或は整備法律第二条別表乙号二十四号に所謂金融緊急措置令に規定する金融機関に該当すると謂はんもこれは甚だ索強附会な誤説と言うべきである。即ち整備法律第二条別表乙号二十四号に所謂金融緊急措置令(以下措置令と謂う)は整備法律で引用する特別法律であるから其の立法目的効力の及ぶ範囲を正確に検討する必要がある。右措置令は終戦直後である昭和二十一年二月十七日吾人の記憶に新なる如く突如として公布せられ其の名の示す如く金融の緊急措置換言せば「封鎖預金の支払、制限、禁止、預金債権譲渡、担保差入禁止、資金の融通制限禁止等々」大蔵大臣が資金の融通を制限禁止する法律で金融統制が目的でこの規定に則した事務が措置令に所謂業務である。従つてこの業務の範囲で之に関係し組合長、理事が他より金品饗応を受けたと謂うならば整備法律違反も又止むを得ないであろう。而し本件は木部村災害復旧工事自体が職務であり事業である。措置令に所謂緊急なる金融統制事務自体とは何等関係する所はない。従つて前記別表乙号二十四号に該当しない事は明白で議論の余地は全然ない。

二、特に整備法律第二条には、一、性質上当然独占となる事業を営み、二、臨時物資需給調整法に依る統制に関する業務を行う者、三、其他経済の統制を目的とする法令に依り統制に関する業務を為す会社若しくは組合と規定し右整備法律違反の主観的要件として統制に関する事務(業務)を為す会社又は組合若しくは之に準ずる者と其の範囲を限定している点から見て第二条別表乙号に該当する者であつても右三、に謂うところの其の業務が統制に関する事務でない限り第二条の適用は無いものと解釈し得る。従つて第二条別表乙号に個有の名称を列示しない農業協同組合の役員には同法第二条の適用は無いと断言し得る。此等のことは罪刑法定主義の立場上最も厳格正確に解釈されなければならない。

三、経済関係罰則の整備に関する法律第二条に対する考察 経済関係罰則の整備に関する法律(以下単に整備法と略称)第二条は、一定の経済団体の役員についてその職務に関する賄賂罪を規定している。然し、その所謂職務の性質及び範囲については、直接に規定する所がない。そこで、苟も当該経済団体の業務である以上それがどんな性質範囲の事務であつても、賄賂罪の対象となる、と一般に誤解されている。同条に所謂職務の意義は、一定の標準により制限して理解せらるべきである。結論すれば同条所定の賄賂罪の対象たるべき職務は、当該経済団体の業務のうち、性質上、経済統制に関する事務に限られ、その他の事務はこれに含まれない、と解するのが正当である。又同条の経済団体を挙示している別表乙号第二十四には「別表甲号及び前各号に掲ぐるものを除くの外金融緊急措置令に規定する金融機関(郵政官署を除く)」と謳はれており、そして、その金融機関とは、銀行信託会社等である事が金融緊急措置令第八条に定められているのであるが、然し、これら金融機関の金融業務を統制している根拠法令たる金融緊急措置令(以下単に措置令と略称)第六条の規定は、憲法上許容せらるべき委任の限度を超えた委任法規で憲法違反として当然無効である。若しそうだとすれば、銀行その他金融機関が仮令右第六条に基く金融機関資金融通準則に準拠してその金融業務を行うていても、それは経済の統制を目的とする法令により統制を行うものでないのであるから、その事務は、統制に関する事務とは言えなくなり、従つて賄賂罪の対象とはならないことになる。又仮りにそうでないとしても右金融機関資金融通準則は各金融機関が自主的に之を行う趣旨のものであつて法令上権力を以て統制するものではないから此点からしても銀行其の他金融機関の行う金融業務たる事務は叙上と同様結局賄賂罪の対象とはならないものと思料する。

四、参考判例引用高松高等裁判所昭和二十七年(う)第八〇三号同二十八年七月二十八日第一部判決棄却高等六巻八号 右要旨 経済関係罰則の整備に関する法律第二条の「職務に関し」とは同法別表乙号に掲げられたものの持つ職務全般を指すものではなく、独占事業会社が行う事業のうち独占的性質を持つ事項を内容とする事務、若しくはその統制団体の行う事務のうち統制に関する事務即ち其の本来の事業に関する事務だけに限るものと解する。

五、以上述べた如く木部村災害復旧工事は同村農業協同組合が工事主体として施行したものと仮定しても当時組合長であつた被告人井藤及理事であつた被告人斎藤は何れも経済関係罰則整備に関する法律違反を以て処断せらるべき法令上の根拠はない。蓋し復旧工事が右組合の事業であつたとしても之は経済の統制を目的とする事務其のものではないからである。原審が被告人等五名を同法違反に問擬し有罪の認定をしたことは法令の解釈を誤つたもので之は判決の結果に重大な影響を及ぼすものであるからこの点よりするも到底破毀を免れないと信ずる。

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